バンド・デシネ(B・D)の歴史的流れ 1920〜1960年代 子供向けバンド・デシネの時代-新聞・雑誌連載へ

1830年代に誕生し、その後新聞・雑誌を発表の場として獲得したバンド・デシネは当時子供向け作品として人気を博した。以降どのように発展し、大人にも親しまれる作品へと変貌を遂げたのだろうか。このシリーズではバンド・デシネの歴史について5つの時代区分に分け概観していく。本記事では、2つ目の時代区分である子供向けバンド・デシネの時代について取り上げ、それがどのように大人向け作品へと移行したのかを解説していく。

はじめに

前記事の「バンド・デシネ黎明期-コママンガの誕生から」では主にロドルフ・テプフェールを中心に取り上げ、諷刺画や民衆漫画との決定的な特異点について言及し、彼の仕事が以降の作家たちに影響を与え、バンド・デシネの基礎が形成されていく過程について記述した。ここでは新聞・雑誌連載や読者世代の変化によってバンド・デシネが子供向けから大人向けの作品へと変貌した様子を概観していきたい。

1920年代〜 子供向けバンド・デシネの全盛

20世紀初頭から子供向け漫画の時代がやってくる。20世紀に入る頃、アメリカでは吹き出しを使った現代のような漫画らしい作品が登場する。それに対して、フランスではクリストフ以降も絵の下に文章を挿入する形式が依然として続いていた。アメリカ式の吹き出しをフランス語圏で最初に取り入れたのはアラン・サン=トガンの『ジグとピュス』(Alain Saint-Ogan, Zig et Puce, 1925)とされる。これはジグとピュスという子ども2人がアメリカに冒険にでる物語で、バンド・デシネ史上傑作と称される作品群の一つである。子どもが自分たちだけで旅に出て事件に遭遇する物語の傾向は、その後バンド・デシネの代表作となるをエルジェ(Georges Rémi, dit Hergé)の『タンタンの冒険』(Les Aventures de Tintin, 1929)へと引き継がれていく。

『ジグとピュス』の4年後、1929年に連載開始された『タンタンの冒険』は爆発的な人気を獲得した。『タンタン』シリーズ作の特徴は、子どもの冒険という設定、吹き出しの導入、漫画の画面における精巧な工夫の数々、その時々の国際情勢を反映した内容が挙げられる。特に、子ども向けといえども非常に政治・社会的に踏み込んだエピソードが特筆する点である。また、前景で人物たちの会話を展開させながら背景は三コマぶち抜きでひとつづきの雄大な景色を描くといった細かい仕掛けや、輪郭線をきちんと閉じた均等で狂いのない描線は、のちに「明瞭な線(リーニュ・クレール)」と名づけられ、ベルギー漫画を象徴する画法となった。1)

その後も『タンタン』シリーズは好調に連載を継続する。一年から二年かけて雑誌に連載し、終わりしだい単行本化というリズムができ、1932年からはカステルマン社(Casterman)が単行本の版元となる。2)カステルマン社は『タンタン』シリーズの単行本を62ページフルカラー版で統一3)し、これにより現在の「アルバム」と呼ばれる形式が確立された。

以上のように、踏み込んだ内容や様々な技巧を取り入れ大成功を収めた『タンタン』シリーズにより、フランス語漫画の中心は主にベルギーへと移り変わっていった。当時フランス出身の作家も多く存在したにも関わらず、バンド・デシネ分野が「フランス系」ではなく「フランス=ベルギー系」と呼称される理由はこの点にある。ベルギーでは『タンタン』連載開始から9年後の1938年に子ども向け漫画専門雑誌『スピルー』(Spirou)が創刊され4)、同名の作品はアンドレ・フランカンやペヨなどさまざまな作家によって描かれ、子ども向けバンド・デシネの古典作品として現代でも親しまれている。この時代のバンド・デシネ雑誌の読者対象は依然として子どもたちであったが、こうした状況の中、今度は1959年に週刊漫画誌『ピロット』(Pilote)がパリで創刊される。

1960年代 子ども向けから大人向けの作品へ

『ピロット』の連載作品で有名なのは何と言っても、ルネ・ゴシニー(René Goscinny)編集、ユデルゾ(Albert Uderzo)作画による『アステリックス』(Astérix, 1959)である。『アステリックス』は古代ローマ時代、カエサルに征服されつつあるガリアの隅で、唯一ローマ軍を撃退しつづけている村が舞台の物語5)である。彼らは、言葉遊びやユーモアをふんだんに盛り込んだシナリオで子どもだけでなく、大人も楽しめる漫画の世界感を創り出した。そしてこの雑誌はより明確に大人を読者対象とする方針に切り替えていった。こうした情勢の変化を受け、以降、SF漫画や社会諷刺を伴う大人向けの作品群が一挙に出版されるに至った。そして『ピロット』は後にメビウス[Mœbius]の名で活躍するジローやエンキ・ビラル(Enki Bilal)といった次世代担う作家を多く輩出した。6) 1960年代は、子どもの頃から漫画に親しんだ世代が成長して大人になる時期であり、なおかつ新しい若者文化が開花した時代でもあったため、読者対象の変化はむしろ自然な流れであったといえる。

おわりに

ここでは、子ども向けバンド・デシネの時代について主に『タンタン』作品や週刊雑誌『ピロット』を中心に取り上げ、読者世代の変化によってバンド・デシネが従来の子供向け漫画から大人向けの作品へと変貌した様子を素描した。当時の変化の渦中にあった作家たちは次世代バンド・デシネ文化の形成に大きく貢献した。

引用文献
[1] 笠間直穂子, フランス=ベルギー系漫画小史 黎明期から今日まで (創刊一二〇周年記念特集 外国語・外国文化の現在), 國學院雑誌 115 (11), p161
[2] 同上
[3] 同上
[4] 同上, p163
[5] 同上, p164
[6] 美術手帖編集部「バンド・デシネのすべて」、『美術手帖』、美術出版社、2016年8月、44-45頁。

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