イギリスEU離脱最初の日の様子

英国が31日、欧州絵連合(EU)から離脱しました。

世界経済や世界秩序に与える影響も大きいと思われます。

当記事では、離脱最初の日のイギリスの様子についてLe Figaroの記事を元に紹介します。

元記事 → Le premier jour du Royaume-Uni hors d’Europe

イギリスEU離脱最初の日

ロンドンは、EU離脱最初の日、美しい日差しと爽快な空気の中で目覚めました。一部の人はそれを何かの兆しと捉えていました。

ロンドンの特派員より

イギリスEU離脱の夜がウェストミンスターで少し賑やかだったとすると、反対にイギリスの他の地域では穏やかだった。

ボディガードとともに、Boris Johnsonはダウニング街でこの瞬間を祝った。ヨーロッパのシャンパンではなく、英国のスパークリングワインで。しかし、姿は現さなかった。

« BoJo »(Boris Johnson)は、生じている厄介ごとを活気づけないよう、自信過剰な態度を避け、統治者として振る舞った。

首相官邸のレンガの上に、ユニオンジャックが映し出され、退場拍手の1時間前の午後11時にカウントダウンが始まった。

1時間前に公開されたアドレスで(SNSが媒介として選ばれたため、BBCは批判していたが)Boris Johnsonは「いかなる障害があっても」「大成功」を約束した。

また、彼は、この日が「友好的協力の新しい時代の始まり」であることを保証した。そして、不安と喪失感を悲しむ「残留派」に対応した。

イギリス:「国内に分裂があることがわかります。」

イギリスのFigaroの特派員であるArnaud de la Grangeは、EU離脱の夜、ロンドンの国会議事堂で行われた催しの様子を分析する。

彼のEU離脱運動の旧友であるNigel Farageは、国会議事堂から300mほどの距離からその運動を主導した。

改修工事中のため覆い隠されたビックベンは、EU離脱の熱心な支持者達の大損害をかけた運動の際、音を鳴らしませんでした。

しかし、EU離脱の支持者達と単なる見物人が入り混じった数千の群衆の前の巨大なスクリーンでカウントダウンが始まりました。

最前列は、時に民族色で覆われたり、ファンタスティックな服装をしたりした、年配者。

その次は、好奇心から来た若者達であった。

ビールは大量に流れ、ある者の身体は感情によるもの以外の影響で揺れた。

壇上で演説者はNigel Farageが午後11時直前にショーを終えるまで演説を続けた。それは彼の栄光の時間であり、最後の大衆との触れ合いであり、彼と群衆の間には確かに政治的隔たりはほとんどなかったほどである。

「我々は勝利した。」「我々は自由だ。それは民主主義の勝利だ」とEU離脱連呼した。

これらの発言は、音響装置から流れる音楽でとぎれた。それから群衆は、愛国的な賛美歌「ルール・ブルタニア」そしてもちろん、「神よ女王を守り給え」を歌った。

いくつかのロケット弾が空に打ち上げられたが、花火は上がらなかた。ロンドンは燃え上がらなかった。

11ヶ月の移行期間

しかしこの2月1日、イギリス人にとって何も変わったことはない。

歴史的変化にも関わらず、この日付は移行期間の開始を示しており、12月31日まで続く。

英国がEU規則を引き続き適用する11ヶ月。月曜日から、Boris Johnsonは今後の厳しい交渉の意向を明らかにすることを期待されている。

今週の土曜の朝、Times紙で発表されたイギリス人への手紙の中で、Emmanuel MacronはイギリスのEU離脱に対する「深い悲しみ」を表明し、イギリスとの交渉に厳しい姿勢であることを述べた。

フランスが今年6月18日のシャルル・ド・ゴールによる召集の80周年を祝うことを想起し、「フランス共和国が生きることを許したイギリスが負うところをフランス人は知っている」と断言した。

しかし、「私たちの間に生まれた有害な競争をそのままにはできない」とも警告した。

「イギリス海峡は我々の運命を遠ざけることはできない、イギリスは、それ以上のところに到達できないとフランス大統領は結論付けた。

金曜の夜、あるEU離脱支持者達は、先ほどのEmmqnuel Mqcronの発言に激怒していると述べた。

フランス大統領は、EU離脱運動のときに述べられた「嘘」について言及した。このBoris Johnsonに対する「侮辱」は、彼がそれほど評価されていないだろうということを推測させる。

補足事項

英国のEU離脱の背景には、経済不平等ということが論点となっていました。

冷戦が終結してから、欧州が目指すべき方向について盛んに議論がなされてきました。

自由競争により強固な経済建設を急ぐべきか、弱者に配慮した平等な社会であるべきか。

どちらに重心を置くべきかという論争が繰り広げられれいましたが、グローバル化が加速し、政界、財界、言論界のエリート層が、経済力のある欧州建設に傾いてきたのです。

そして、様々な経済危機に瀕した結果、EUを目の敵にしていた政治家たちが力を得て、それに続く市民が離脱まで踏み出しました。

21世紀の世界は国境を越える問題であふれています。

これを国単位で解決しようとしても厳しいのが現状です。

こうした状況の中、国を超えた政治の可能性を探ってきたのがEUです。

その点ではEUは今の世界にとって貴重な実験場だったのです。

EU離脱は、イギリスの経済的な理由と欧州統合の夢が衝突した結果ですが、これを解決するには政府と市民の対話が重要になると思います。

これは、我々にも無関係な出来事ではないと思います。

参考記事:朝日新聞 色あせる、欧州統合の夢


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