パリのカフェ:どこにでもあるお気に入りの場所をもとめて

ある秋のフランス旅行でパリを訪れた。なんの衒いもなく、といったら嘘になるが、パリで有名な(と聞いていた)カフェ・ド・フロールに立ち寄った。このカフェは1887年創業の老舗カフェでパリ6区サン=ジェルマン・デ・プレ地区の大通りに面している。なんでも、古い歴史があり、前衛芸術家や文学者が集まり活動拠点となったカフェだとか。

パリではじめてのカフェへ

暖かい日だったがテラス席には座らなかった。習慣というのは恐ろしい。なんとなく萎縮してしまい、いつも通りの行動を取ってしまったことが悔やまれる。とりあえずクロックムッシュとエスプレッソをいただいた。一人でゆっくりと流れる時間を堪能した。フランスで、憧れのカフェで、フランス語で注文をして、好きなものを食べる、それが何より嬉しかった。早朝だったので、新聞を読むおじさんや読書にふけるマダム、一人静かにコーヒーを飲む女性など落ち着いた様子の人々がいた。意外にもパソコンで作業したり、勉強したりしている人はいなかった。カフェは時間によって店の雰囲気が変わるのが面白い。夜になるとバーやビストロ風になるカフェもある。

後日フランス人の友人にこのカフェに行ったことを伝えると、「あなたはもうフランス人だよ」と言われて嬉しくなったのを思い出す。確かにエスプレッソ一杯になかなか良いお値段がした。だが、せっかくの旅行なので多少の贅沢は許される。

僕にとってのカフェ

「このカフェに行ってみたい」という動機でカフェを探すのも悪くない。だが、カフェに行くのに大げさな理由は必要ない。なんの気兼ねもなくふらっと入る、それが僕にとってのカフェなのだ。

お茶がしたいな、ビールやワインが飲みたいな、さっと昼食をすまそう、レストランを出てから、映画館や劇場を出てから、友人との待ち合わせ、恋人が待ち合わせに遅れたとき、買ったばかりの本をすぐ読みたいとき、何もない朝に新聞を買ったついでに、夜中にふらっと仲間を求めて。僕らがカフェに立ち寄るのはそんな些細な瞬間だ1)。

そうだ。カフェはそういう場所なのだ。カフェはいつでも僕らを歓迎し、様々な表情を見せてくれる。だから僕はカフェが好きなのだ。

お気に入りのカフェ

カフェは季節のリズムを刻み(テラスが復活すれば春の再来だ)、時間と空間を刻み、何よりそれは各々の生活リズムを刻む点だ。だからまず自分の暮らす地区、そして学校や職場、図書館、本屋、映画館、劇場、ギャラリー、ライブ会場やクラブなど、自分の生息範囲と行動の仕方に合わせて、お気に入りのカフェを見つければいい2)。

カフェ・ド・フロールはお気に入りのカフェというには、敷居が高いし、値段も張るし、なにより住んでいる地区から距離がある(そして歴史にも詳しくもない)。だから今度は自分に見合ったカフェを探してみよう。大通りは避けて静かな小道に面した、人が多くない、静かなカフェを。パリのカフェは無数にある。メトロを出て、通りを曲がれば数軒はすぐに見つけられる。またいつかパリのカフェに行くのが楽しみだ。そうだ、次はテラス席に座ってみよう。

引用文献

[1] 梅本洋一, 大里俊晴, 木下長宏編著「パリ・フランスを知るための44章」、明石書店, 2012年、73頁。
[2] 同上、74頁。

「パリ・フランスを知るための44章」はパリの文化について44のテーマで解説している書籍である。歴史と文化の街パリ、パリの暮らし、芸術と文化の首都、日本とフランス、僕たちのフランス体験の5つのパートで構成されている。それぞれの執筆者ごとに個性のある文章が特徴で、それが読んでいて面白い。今回は「第15章 カフェ:フランス都市風景のシンボル」から着想を得てこの記事を書いた。

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